「おあつらえ」とは、伝統工芸作家・職人さんに相談しながら自分好みの一品を創り上げるものです。ものづくりのプロセスを共有しながら、世界でたった一つの逸品が生まれる喜び。あなたもこの贅沢な体験を味わってみませんか。
京都市では国内外から京都の文化の継承へのご寄付を募っており、寄付額に応じて、「おあつらえ」の提供や工房の紹介等を実施しています。
京都の蒔絵師とともに屏風をおあつらえ
今回ご紹介するのは、蒔絵の屏風。蒔絵とは、京都で千二百年以上の歴史を持つ漆を使った工芸技法であり、漆の上に金粉や銀粉で絵付けを施したものです。
京都の伝統工芸を応援したいと京都市に多額の寄付をいただいた渡邉様が「暮らしの中で楽しめる京都らしいものを作ってもらいたい」と、おあつらえのご相談がありました。そこで以前からお知り合いだったという蒔絵師の下出祐太郎氏に制作を希望され、本プロジェクトが始まりました。
下出氏はこれまで京都迎賓館の飾り台や伊勢神宮式年遷宮の御神宝にも携わってこられ、叙勲の栄に浴されています。外務省日本ブランド発信事業によりヨーロッパ3国で講演及び実演し、後継者育成に力を注ぐ一方、漆芸の研究や執筆活動にも取り組まれています。
渡邉様はご自宅の部屋に飾る屏風を求められ、下出氏の工房にあった『春の嵐山』という蒔絵衝立を見て、お気に召したとのこと。「こんな感じの図柄に」とイメージを共有し、白木の木地に蒔絵を施す木地蒔絵という技法で、桜と紅葉を描くことに決まりました。
木地蒔絵というのは婚礼家具などに施されますが、桐の白木に蒔絵を描くため、特殊な工程の技が要るとのこと。その点、下出氏は幅広い技を習得されているので、何でもお任せできるのでした。
手間をかけて丹念に作られる
まずは図案の描き起こし。下出氏は渡邉様のお好みに適うように繊細な描写を心がけたと言います。以下、25もの工程があるうちの一部をご紹介します。
- 炭粉上げ
- 木目の隙間を埋めるため、炭粉を蒔いて研いでいく。

- 色漆
- 桜の花や紅葉の葉にそれぞれ色の付いた漆を塗っていく。

- 漆上げ研ぎ・磨き
- 漆を塗った部分を平らかにするため、炭で研いでいく。

- 粉入れ(金粉蒔き)
- 紅葉の葉など絵柄の部分に金梨子地粉を蒔いていく。

- 胴摺り磨き
- 金粉蒔きして漆で固めた部分を胴摺(砥の粉+種油)で磨いていく。

- 毛打ち粉入れ
- 花芯や葉脈などを細い筆を用いて漆で描き金粉を蒔く。

漆を塗ったり、金粉を蒔いたりすることは想像していましたが、途中に何度も「研ぐ・磨く」ことが繰り返し行われ、その地道な作業は気の遠くなるような印象がありました。
何でもすぐに出来ることが重視される現代において、作り手が手間と時間をかけたものづくりは、かけがえのない尊いこと。このように時代を超えて美を追求してきた価値観を形にすることが、あつらえ品の醍醐味といえるでしょう。
使い手と作り手の信頼関係が大切
渡邉様は度々工房を訪れ、徐々に出来上がっていくのを楽しみに待っていたそうです。予定よりも完成までに時間を要したようですが、渡邉様から「急がず楽しんでやってください」と声をかけられ、「作り手の気持ちをわかってくれている」と下出氏。急かさず悠然と待っていると、作り手は手間を惜しまず、ご依頼主のために創意工夫を凝らしてくれます。この使い手と作り手の信頼関係がオーダーメイド品のポイントでしょう。
下出氏はこれを「あつらえの文化」と称しますが、京都の伝統工芸品はあつらえ(オーダーメイド)から始まりました。平安時代から貴族や為政者向けの一品制作として発展してきた歴史があります。このあつらえ文化を現代に復活させることが、伝統工芸の新たな展開につながると下出氏は「寄付とそれに伴うおあつらえのあっせんの仕組み」に期待を寄せます。
自分の想像を超えたものが出来上がる
完成品を渡邉様がご覧になった印象は「屏風そのものが美しいだけでなく、屏風を置いた空間の雰囲気まで変えてくれるような作品」自分の好みだけ伝えて、あとは信頼してお任せしたからこそ、自分の想像を超えたものが出来上がったことに感動したと語ります。
特に渡邉様のお気に入りは、春の桜と秋の紅葉がひとつの作品の中で美しくつながっているところとか。「春秋というテーマなので、見る所によって春を感じたり、秋を感じたり、ひとつの屏風の中で季節の移ろいを楽しむことができます。そして、朝夕と光の入り方によって蒔絵の表情が変わるのも最高に素敵。近くで見ると、下出先生の本当に繊細な蒔絵の仕事に惹き込まれますし、少し離れて眺めると、春と秋の景色がつながって一枚の大きな絵のように広がりますね」あつらえた屏風の魅力は尽きることがありません。
作品が生まれるまでの経験も宝物
最後に、渡邉様におあつらえを経験された感想をお聞きしました。
「今回の経験で特に感じたのは、完成した作品だけがおあつらえではないということ。実際に工房を訪ね、直接お話を伺い、素材を見て、制作途中も拝見する。作品を注文したというより、ひとつの作品が生まれる時間に参加させていただいたという感覚ですね。完成した屏風はもちろん宝物ですが、そこに至るまでの出会いや経験も、私にとって大切な宝物になりました」こうした想いとともに作品が末永く受け継がれることを願っています。